"The mountains are calling..." by JOHN MUIR

【登山】東丹沢の信仰の山『鐘ヶ嶽』に登ってきました《前編》

登山 OD活動
鐘ヶ嶽と石碑群《前編》

東丹沢にある信仰の山、鐘ヶ嶽に登ってきました。予定では鐘ヶ嶽から、弁天御髪尾根経由で浄発願寺跡まで行くつもりでしたが、スタートが遅れたり、ペースが上がらなかったり(これには理由があります)、結局、鐘ヶ嶽だけ登ってきました。

今回はその前編で広沢寺温泉の駐車場から嶽ヶ嶽山頂までです。

また、鐘ヶ嶽の山行記はいつも丁目石だらけになるので、丁目石は下記のページにまとめました。


山行データ

山行日2020年11月21日(土)
コース車山肩駐車場〜車山〜車山乗越〜殿城山〜南の耳〜北の耳〜大笹峰〜男女倉山(ゼブラ山)〜八島ヶ原湿原〜鷲ヶ峰〜八島ヶ原湿原〜旧御射山神社〜蝶々深山〜車山湿原〜車山肩駐車場
山 名車山(1925m)
殿城山(1801m)
南の耳(1838m)
北の耳(1829m)
大笹峰(1807m)
男女倉山(ゼブラ山)(1776m)
鷲ヶ峰(1798m)
蝶々深山(1836m)
山 域霧ヶ峰エリア
累積標高(+−)1,074m
歩行距離20.7km所要時間8時間07分

マップ

山行記録

【08:47】広沢寺温泉駐車場

ここ数ヶ月の平均睡眠時間が約2時間半、もう昔みたいに早く時刻に出発することが難しくなってきた。

今日も寝たのは午前4時で、午前6時にアラームをセットし、一度は起きたけど、アラームを止めて、そのまま再び深い眠りへ・・・。再び起きたのは午前7時過ぎ、もう慌てるも事もなく、ノロノロ準備して午前8時過ぎに家を出た。

まずは、鐘ヶ嶽の登山口に向かいます。

鐘ヶ嶽は信仰の山なので、麓にも古そうな碑があります。脇にはかろうじてその文字が読める庚申塔があります。

この辺りでも色づき始めていますね。

ガートレールの右側を進んでいますが、この少し先で引き返してガードレールの左側を進みます。

中央奥の白い車のある辺りに、鐘ヶ嶽バス停があります。

上の写真のところで後ろを振り向くと、これから登る鐘ヶ嶽がドーンと見えます。

立派な山体ですね。これなら信仰の対象となるのも分かりますね。

ここが引き返すところです。すぐ後ろにバス停があります。

鐘ヶ嶽は正面の白い家の屋根の上に少しだけ見えますね。

【09:01】鐘ヶ嶽登山口

登山口に到着。

鐘ヶ嶽〈かねがたけ〉と七沢浅間〈せんげん〉神社

 鐘ヶ嶽(標高五六一米)の名は古くから知られ浅間山とも呼ばれています。昔、竜宮から上げた鐘をこの山に収めたという伝説や、戦国時代に上杉定正の居城となった七沢城への合図のために鐘が置かれたと言われています。
 鐘ヶ嶽山頂付近には七沢浅間神社が建立されています。この神社の創建については明確ではないが、上杉定正が心からこの神社を崇拝し、社殿の造営を行いました。
 祭神は、木花咲耶姫命〈このはなのさくやひめのみこと〉・大山祇命〈おおやまずみのみこと〉・誉田別命〈ほんだわけのみこと〉の三柱が祀られています。
七沢浅間神社は古来から、養蚕・子宝・安産の神として信仰されてきましたが、明治六年(一,八七三)この浅間神社に旧七沢村の鎮守社八幡宮と日枝神社を合祀して「七沢神社」と改め、「村社」となって現在に至っています。

平成十二年三月吉日
厚木らしさの創造推進事業玉川地区協議会

階段を登りきると、鳥居があります。この先は登山道でもありますが、この上にある七沢浅間神社の参道になります。

【09:28】上杉公内室の墓分岐

上杉公内室の墓分岐への分岐があります。上杉公とは上杉定正のことで、その奥方が七沢城落城の際にここで自害したとのことです。

上の分岐から1〜2分ほどで墓碑(?)があります。

上の碑の上部5mほどのところの一角に、石積みが崩れたようなところがあります。自然石にもの見えますが、一部明らかに人の手が加わった跡があるので、例えば祠のようなものが以前にはあったのでしょうかね?

それともただの石捨て場?

本ルートに戻り、少し登ると、一部開けたところがあり、関東平野が一望出来ます。

ここから、少し斜面が急になります。

左手に大きな岩が現れます。ただの大岩かと思うけど、よく見ると、階段のような窪みがあり、その先をよく見ると・・・

・・・石像のようなものがあります。この石像については詳しいことはよくわかっていないようです。文字らしいものは一切無く、身体には何の彫刻も施されていません。

ただ、おでこに白毫(びゃくごう)のような物が見られるので、如来像なのかな? くらいしか分かりません。

これが近くで撮ったものです。2005年12月24日撮影です。

タマネギ石。

鐘ヶ嶽近辺でよく見ることが出来ます。

相州アルプスの南部が見えます。右端の茶色い部分は採石場で、尾根を削ってしまっているので、本来は飯山温泉の方まで続いていたようですが、現在は行き止まりになっています。

二代目の『覗きの松』です。ずいぶんと大きくなりました。

ちなみにこれが植えた直後です。撮影は2013年08月03日です。木のプレートには『平成二十五年五月三十日』とあるので、植えて二ヶ月ほどたった頃ですね。まだ1メートルほど大きさですが、7年経ったいまでは僕の身長を遥かに越えていますね。

ここからは伊勢原方面がよく見えます。

江ノ島もよく見えます。展望灯台や江ノ島への橋も見えますね。

江ノ島の上に見える黒い帯は三浦半島で、その奥には房総半島も見えます。

今回のブログでは詳しく触れていませんが、この鐘ヶ嶽には1丁目〜28丁目までの丁目石が置かれています。ただし、24丁目の石だけは不明です。僕も何度か探したことがあるんですが、結局見つかっていません。

しかし、ここにあったんじゃないかな? という推測は出来ます。それがここで、基石だけが残っているんじゃないかと思っています。ノミの跡がはっきりわかりますね。

これは25丁目の石ですが、やはり基石には同じようにノミの跡がはっきりわかります。

しかし、この近くに石切場があり、製作途中と思われる石が散見されるんですよね・・・。

山頂直下の長い階段です。ここを登り切ると・・・

【10:38】七沢浅間神社

・・・七沢浅間神社に到着です。

この社殿がいつのものかは分かりませんが、結構立派な建物です。

意外に気づかない人が多いですが、上の写真で言うと、社殿の右奥に『夫婦杉』なるものがあります。ここも一見の価値ありです。

七沢浅間神社の東側に一部開けたところがあり、そこから関東平野が一望出来ます。こっちの方に目が行ってしまい、上の『夫婦杉』に気が付かないんじゃないかと思っています。

【10:46】鐘ヶ嶽山頂

社殿を正面に見て、左側に山頂へのルートが続いています。ほんの1〜2分程度の距離です。

昔は丸太が転がされているだけのベンチがあるだけでしたが、今はテーブルが1基あります。座るだけなら昔の方が遥かに多くの人が座れました。

ここは浅間神社〈せんげんじんじゃ〉

 一般に浅間神社は、浅間社、又は仙元(浅間)大菩薩として呼称されていたが、七沢浅間信仰は養蚕・子宝・安産を祈願目的としている。別当禅法寺の僧による縁起書にも子宝・安産が示され、由来は孝元天皇時の創設で、後に上杉定正によって造営がなされたとしている。

山頂の案内板より

登山口から1時間45分も掛かってしまった。コースタイムが1時間10分なので、どれだけ遅かったかってことですよね。

やはり動画の撮影もしていると、どうしても遅くなる。ある程度は慣れでカバー出来るかも知れないけど、何か考えなくては・・・。

山頂の石像。ある意味この鐘ヶ嶽の象徴みたいな感じになっている。すぐ下は神社だけど、どう見ても、中腹の石仏もだけど、仏教系だよね。

しかし、先程の社殿の少し下に、禅法寺跡と言われる場所があり、昔は、この神社内にお寺もあったみたいですね。今はただの植林地になっていますが・・・。

本当は浄発願寺跡で昼食にする予定でしたが、今日のペースだとあっちまで行くのは無理と判断して、ここまでで下ることを決意しました。なかなか動画を撮りながらのペースが掴めません。

【11:21】下山開始

ここでも、昼食と撮影で30分以上も掛かってしまった。この間に2組のハイカーが通っていきました。

後編に続く。

参考地図

 
 
 
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